最高裁判所判例集 「原典 original」という言葉から何を連想しますか?

シニア世代の弁護士は,「最高裁判所判例集」とか,「孫引き」を自らに戒める思いとか。そのようなことを連想します。

それって何? 
 最高裁判所判例は,あちこちの法律文献で数多く引用されています。引用は,本来,原典originalである最高裁判所判例集に登載された判例を読んで確かめた上で引用しなければなりません。ところが,そうでないことがあります。引用されることが多いだけに,「最高裁判所判例はこう言っている」としてある文献で引用していた内容を,確かめもせずそのまま使ってしまうのです。「孫引き」ですね。「孫引き」で引用されたものは,originalの最高裁判所判例の内容とは微妙に違っているおそれがありますから要注意です。判例を理解するためには,裁判所がどのような事案のどのような文脈においてどのような判断を示したのかを読み取らなければなりません。そういうわけで,若い頃,先輩法曹から「originalに当たれ。孫引きはするな。」と忠告されたことをしみじみと思い出します。
 「原典」が登載されている「最高裁判所判例集」は,以前は手元に置いて参照することが一般には困難でした。一般販売されておらず,裁判所や官公庁,弁護士会等の限られた場所にしか置いてなかったからです。しかし,近頃は,判例のデータ検索サービスも普及し,最高裁判所のWebサイトには新しい最高裁判所判例が登載されるようになっています。新判例の新聞記事が出た際にoriginalを見たいという向きには,この最高裁判所のWebサイトは大変便利です。
 実は,当事務所には,紙媒体としての最高裁判所判例集が第1巻第1号から全て揃っています。裁判官に任官した昭和57年以降のものは配付を受けていましたが,それ以前の最高裁判所判例集は入手したいと思ってもなかなか入手できませんでした。なにしろ世の中に出回っていないものでしたから。ところが,ある日ある判例雑誌を見ていたら,神田の古書店が最高裁判所判例集全巻の販売広告を出していたのです。若かった私には高価でしたが,迷うことなく即座に注文しこれを手に入れました。あの時思い切って購入して良かった。今では,「原典 original」を象徴する書物として当事務所の宝となっています。

 ところで,「リーガルテック」なる言葉に象徴されるように,最近はリーガルサービスのデジタル化が叫ばれています。全てにわたりIT化が進むこの時代にあって,アナログな紙媒体である「最高裁判所判例集」はもはや無用の長物なのでしょうか?法律事務所によっては,もはや紙媒体の判例雑誌等は無用だとして定期購読をしていない事務所も多くなっています。当事務所はデジタルとアナログの両方の手段を用いていますが,増え続ける判例集や判例雑誌の保管管理に頭を悩ましているのも事実です。

 しかし,今のところ,最高裁判所判例集にはデジタル化された判例検索では得られない長所があります。どこが違うのか。最高裁判所判例集には,最高裁判所判例だけでなく,上告理由(上告受理申立理由・特別抗告理由等)と原審(控訴審)及び原々審(第一審)の判決が全文掲載されるのが通例です。これに対し,最高裁判所のWebサイト等では上告理由や原審・原々審の判決までは掲載されません。弁護士は,最高裁判所判例集に登載された判例から,その判例で示された判例部分(その判例部分はその事案の一部の論点についてのみ示されるのが普通です。)だけを学ぶのではなく,その判断が示された事案の全体を学ぶのです。事実審である第一審や控訴審では,いろいろな争点(最高裁ではもはや論点にならなかった争点がいくつもあります。)の判断に当たり証拠をどのように採否し,その証拠からどのような経験則を適用してどのような事実認定を行ったのかもトータルに学べます。このように弁護士として学ぶべき素材が最高裁判所判例集の中には詰まっています。

 一見無用のように見えるものにも,実は目に見えない価値がある。そのようなことを考えています。