弁護士になって23年目を迎えました。

 写真は弁護士になってからこれまでに毎年使っている合計23冊の「訟廷日誌」です。弁護士になる前の裁判官時代を加えると約40年間法曹(法律実務家)として歩んできたことになります。


 法律実務家は、法律文書を書くのが仕事ですから、毎日何らかの文書を書きます。私も40年間、法律文書を書くことに明け暮れてきました。
 法律文書のドラフトを書くことを、私たちは「起案」と言います。弁護士をはじめ法律実務家は、毎日「起案」に追われているのが実態です。起案がしかるべき時期までにスピーディにできなければ、弁護士という職業は務まりません。

 起案すべき文書にも、いろいろなものがあります。1枚だけのあれこれ文章構成を練るまでもなく簡単にできるものから、構成にじっくり時間をかけ、一応の下書きを書いた後の編集にも時間を要するものまであります。枚数で言えば、普通は10枚前後でしょうが、場合によっては、100枚、200枚に及ぶ大部の法律文書まであります。また、枚数の多寡にかかわらず、筆が進んであっという間にかける文書もあれば、なかなか筆が進まないという文書もあります。
 筆が進まないのは、私の経験で言えば、ほとんどの場合、資料や記録の読込みが足りないこと、そのために書くべきことが明確になっていないことがその原因です。ですから、筆が進まなかったら、筆をいったん置いて(パソコンのキーボードから手を離して)、資料や記録を何度も何度も精読するのが早道です。私も、筆が進まないときは、まずは資料と記録に戻り、これを読み込むことを励行しています。


 資料や記録を読み込み、一応の文書の構成(目次)もできたのに、それでもその後の作業になかなか進めないという場合もあります。私も若い頃はそのような状態に陥ることがよくありました。そのような時はどうするか。
 カール・ヒルティの「幸福論(第一部)」(岩波文庫)の中に、「仕事の上手な仕方」という一節があります。若い頃にたまたま出会い、「これだ!」と感激した思い出のある本です。ヒルティは、その本の中でこのように言っています。「まず何よりも肝心なのは、思い切ってやり始めることである。・・・大切なのは、事をのばさないこと、・・・毎日一定の適当な時間を仕事にささげることである。」と。また、「序論的なものはすべて後廻しにして、自分の最もよく知っている本論から始めれば、ずっと楽に仕事を始めることができる。」とも言っています。つまり、法律文書を起案する仕事であれば、一応の構成(目次)ができたら、とにかく、まず書き始めることが大事であり、書き始める箇所も最初から書く必要はなく、とにかく書けるところから書き始めれば良いというのです。

 今の時代、起案は筆で書くのではなく、パソコンでワープロソフトを使って文字データを入力するわけですから、文書の編集は後からいくらでもできる。その意味では、ヒルティのこのアドバイスは今の時代で一層有効だと思われます。
ヒルティは、こうも言っています。「よく働くには、元気と感興とがなくなったら、それ以上しいて働き続けないことが大切である。・・・その場合に、決して仕事そのものをやめてしまう必要はない。通常その特定の仕事だけを中止すればよい。」と。経験上、これもそのとおりだと思います。一方の仕事を中止し、同時並行的に他の仕事に取りかかってみたら、いったん中止した仕事についてのヒントが思い浮かぶという経験は、これまでに何度あったか分からないほどです。

 ヒルティは、まだまだ実務家へのアドバイスを幾つも贈ってくれています。「多く働くためには、力を節約しなければならない。・・とくに無益な活動に時間を費やさない心掛けが必要である。」、「精神的な仕事を容易にする最も有効な、とっておきの方法が一つある。それを繰り返すこと、言い換えれば、いくどもやり直すことである。」と。いずれも、法律実務家であったヒルティの実体験に基づく珠玉の言葉と言わざるを得ません。


 これからも一法曹として、できる限り長く法律文書の起案に勤しんでいきたいと思っています。